豊川海軍工廠空襲から73年

あの惨劇忘れない/平和祈念式典で誓い新たに

2018/08/08

 豊川市の豊川海軍工廠(こうしょう)の空襲から73年目となる7日、市の文化会館や供養塔などで、多くの人が静かに手を合わせた。被爆時間に合わせて午前10時30分に市内の防災無線でサイレンが鳴った。平和祈念式典が営まれた文化会館では1分間の黙とうを捧げ、犠牲者の冥福を祈った。(多田羅有美)

 式典で山脇実市長は平和宣言を行い「戦争のない世界、核兵器のない世界の実現を目指し、恒久平和に向けて全力を尽くす」と誓いの言葉を述べた。

 ステージでは「平和への想い」と題し、西部中の3年200人が「消えた八月」「夏の思い出」を合唱。戦争の悲惨さを訴えかけた。

 昨年は台風の影響で中止され、2年ぶりの開催となった。今年は750人が参加した。当時工廠で働き、空襲を逃げ延びた同市蔵子の伊藤千代子さん(88)は「亡くなった同級生のミサちゃんを思い出す。自分で来られる限りは参加を続けたい」と話した。

 父が戦死し、叔母が工廠で働いていたという80歳と75歳の姉妹は「これだけはどうしても参加したい。生きとる者の務めだと思う」と話した。

八七会も慰霊祭  大石会長「語り継ぐことが義務」

 緑町の豊川稲荷敷地内にある戦没者供養塔では、工廠の元従業員でつくる八七会が慰霊祭を営んだ。全国から元従業員や遺族ら100人が出席。僧侶の読経のなか焼香し、犠牲者を弔った。

 供養塔には戦没者の名前が刻まれており、参拝する人は刻銘を指先でなぞって縁ある人に思いをはせていた。

 八七会の大石辰巳会長(89)=名古屋市南区=は「いまでも工場などの始業のサイレンを聞くと、空襲を思い出してつらい。生き地獄だった。それでも後世に語り継ぐことが自分の義務だと思っている」と話した。

2018/08/08 のニュース

平和祈念式典で献花する人たち(豊川市文化会館で)

供養塔に刻まれた名前をなぞる八七会慰霊祭の参加者(豊川市緑町で)

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