懐かしい当時に思いをはせ

廃線50年の田口線お別れイベント

2018/09/04

 設楽ダムの建設で一部が水没する設楽町の三河田口駅跡から清崎間で1、2の両日、お別れセレモニーがあり、町内外から約560人が参加した。豊橋鉄道田口線の廃線50年を記念した締めくくりのイベントで、最終列車の運転手も出席し、懐かしい当時に思いをはせていた。

ミニ列車「乗客」乗せて大きな汽笛/約560人が最後の応援

 主催したのは「田口線廃線50年を盛り上げるプロジェクト」を進める田口線50の会(石井峻人代表)。1日は「三河田口」と駅名を書き込んだ板を駅跡に立て、第一トンネル(大久賀多トンネル)では田口線の当時の様子を映画で上映した。

 最終日の2日は、参加者らが豊川(寒狭川)沿いの廃線跡を散策したり、軽トラ市で飲食したりして楽しんだ。第一トンネルを含む200メートルにミニレールが敷かれ、田口線を走っていたモハ37形の8・4分の1のミニ列車が「乗客」を乗せて走った。トンネル内で大きな汽笛の音が響き渡った。

 海老から本長篠の間で最終列車を運転した設楽町清崎の黒柳嘉治さん(86)は車いすで出席し、ミニ列車を見つめていた。「運転したころは通勤、通学の人で朝夕は満員。やりがいを感じた」と話した。「とにかく寂しい気持ちでいっぱいだった」と当時を振り返った。

 ただ、2日間参加をして「大勢の人が来てくれてうれしかった」と笑顔を見せた。

 石井代表(34)は「多くの人に応援していただき、大成功だった。これで終わりではなく、地域の盛り上がりを次世代につなげていきたい」と語った。

 田口線は、三河田口駅と国鉄(JR)飯田線本長篠駅を結ぶ22・6キロの単線。地元資本で1929年に一部開通し、32年に全線が開通した。56年に田口鉄道は豊橋鉄道と合併し、豊鉄田口線となった。68年8月31日、全線が廃止された。

2018/09/04 のニュース

トンネルを走るミニ電車(設楽町清崎の第一トンネルで)

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