風針

 北海道新聞記者の酒井聡平(1976年生まれ)の祖父、酒井潤治は太平洋戦争末期、硫黄島関係部隊の兵士で、復員後、1965年に56歳で病死した

 小学5年生になった1987年には父が47歳で急逝した。祖母から祖父の履歴書を見せられた聡平は以来、硫黄島への関心を持ち続け、2006年にはクリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」を見た

 「硫黄島の戦い」とは米軍が上陸した1945年2月19日から林忠道中将率いる日本側守備隊が玉砕した3月26日までの36日間の地上戦を指す。守備隊2万3000人のうち2万2000人が死亡した壮絶な戦いであった

 火山島で地下熱60―70度もあった地下に18㌔の地下壕を構築、水なき島で兵は渇きにも苦しんだ。酒井記者は政府派遣の硫黄島戦没者遺骨収集団ボランティアとして4回、硫黄島に渡った

 「硫黄島上陸―友軍ハ地下ニ在リ」(講談社)は硫黄島遺骨収集のドキュメントをつづっている

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