お遊び程度だが鉛筆画を楽しむようになった。鉛筆一本あればという気軽さもあり、特に仕事で煮詰まった時には、メモの端などに小さな拙作を描いている。
絵を描くのは中学校1年生の時以来か。リンゴと自分の上履きが画題だったと記憶している。「対象をよく観察すること」―とは先生のアドバイス。
絵心など無いから当然、しっくり来ない出来映え。隣の同級生と苦笑いしながら、互いの絵に「この世の終わり」だの題名をつけあったものだ。
ふと思う。混迷極めるイラン情勢で、直接協議が不調に終わった米国の思い描く「絵」の出来映えは如何に。〝着想〟と〝画力〟は大きく異なるようで、現状、題名は「混沌」といった具合か。
薄弱な大義の下、要求・願望過多な〝着地点〟しか描けない時点で、その「絵」は修正の効かない失敗作といえる。「混沌」を「和平」に変えるには、自省し現状をよく観察することからだろう。いまなら、まだ描き直せる。
