国会中継を見ていてふと考えた。地球環境、日本の少子高齢化、食糧、エネルギーなど多岐にわたる問題を初めて見聞きしたのはいつだったか。
40数年前、小学校の授業で「地球が抱える問題」について討論会的なことをした記憶があるが、「解決すべき」とした問題は現在も深刻さを増した形で人類にのしかかる。
米ソ冷戦下、核戦争の危機もささやかれた当時、本音はどうあれ人類共通の課題解決への思いは曲がりなりにも世界が〝連帯〟して口にしていたように思う。
それがいまや人類の課題など無視して大国が公然と李下に冠を正し、我田引水する。多くの国で「分断」が進み、国際機関も形骸化。「新帝国主義」なる言葉も定着しつつある。
現在、「失われた30年」で顕在化した課題を日本は解決出来ぬまま、きな臭さ増す対外情勢と対峙している。内憂外患、「危急存亡の秋」のはずが、そうした緊張感を現在の国会に感じられない。これは筆者だけだろうか。
