風針

 1945(昭和20)年6月19日深夜から20日未明にかけて、米軍の「焼夷(しょうい)弾」が豊橋市内に投下され、624人もの命が犠牲となった。あの日から今年で81年がたった。

 豊橋空襲の体験者は高齢化が進み、語り部が減少する一方、空襲を知らない世代が大多数を占めるようになった。こうした現状に先日、市内の学校給食で戦時中や終戦直後の食事をイメージした献立が登場した。

 豊橋空襲を知るとともに、平和について考える機会にするため、市が初めて企画した。豊橋空襲に関する動画も各校に配布され、児童生徒が視聴した▼ある学校では、児童が質素な給食を通じ当時の食料事情に思いをはせたり、動画から空襲の恐ろしさを肌で感じ取ったりしたようだ。

 戦争で多くの尊い命が失われたという事実。それをさまざまな方法で学び、知ることは、豊橋空襲の記憶を次世代へと継承し、平和な未来を築く初めの一歩になるに違いない。

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