駿府の今川義元の人質となっていた竹千代(のちの徳川家康)の臣となった鳥居元忠は13歳の時に御側に上がり、以来、三方ヶ原、長篠の戦に従軍した。
天正3年8月、家康は武田軍の勇将、馬場信春が建てた遠江・諏訪原攻めを敢行、鳥居元忠は負傷したが、金山衆を使って難攻不落の諏訪原城を落とし、恩賞として梅花の鏡を賜った。
鳥居元忠は慶長5年の関ヶ原合戦の際には石田三成軍を相手に奮戦し61歳で討ち死にした=永井紗耶子「梅花の鏡」=「アンソロジー戦国の城」(静岡新聞社)収載。
歴史小説を世に広めようとする作家たちによって結成された操觚(そうこ)の会は静岡の城をテーマにした10編のアンソロジーを編んだ。企画・観衆の中心となった誉田(ほんだ)龍一氏は2020年3月、57歳で急逝した。
諏訪原城のほかに韮山城、曳馬城、掛川城、高天神城などにまつわる書き下ろしの戦国史話は徳川、武田、北条の強者の物語を伝える。
