「読書はもはや貴族の趣味」。そんな気になる言葉を見聞きした。本に没入するための条件を考えると、経済・時間・精神的余裕が必要となり、読書という行為は非効率だという
AIで長文すら数秒で要約が可能。動画文化の勃興やスマホの登場で「知る」という行為も簡易化。映画も早送りして観るのが当然。となれば、確かに読書なぞ非効率の権化だろう
昔、国際ジャーナリストの落合信彦さんが「その国の民度はその国の書店で分かる」と書いていたが、いまや近所の書店すら消える時代。国や地域を測る尺度の1つが確実に消えていく
「本を読まない=知的でないということはない」…確かに、1冊に数日かかる読書より、多くの知見は得られる。ただ、登場人物の息づかいなどや読後感まではどうか
試しに筆者も要約してみたが、あくまで要約。パッと読めるが「仁和寺の法師」「生兵法」の感あり―とは時代遅れの老〝貴族〟の寝言。笑ってもらってよい。
