風針

 高森家の祖は阿蘇南郷谷高森城主、伊予守惟直、三万五千石の戦国大名。血流の高森貞太郎は京都同志社のクリスチャン英語教師で明治40年代以降、愛知県津島町及び名古屋に暮らす。

 その子高森龍夫は明治33年、兵庫県龍野に生まれ、津島中学、高輪中学を経て青山学院英語師範科を卒業後、山梨県都留中学校英語教師となって3年、昭和7年に中央公論社に入社。

 その後、改造社に移り「俳句研究」編集長となり、戦後は新生社出版部長を経て朝日新聞出版局の校正係となり、夜江と号して挿絵やカットも描いた。

 龍夫、や江夫妻の間に昭和11年、長男・高森朝樹(劇画原作者・梶原一騎)、同15年、次男・真樹日佐夫(高森真土)、同18年、三男・高森日佐志が生まれた。

 「巨人の星」「あしたのジョー」で頂点を究めた梶原、極真会館・大山倍達門で活躍した真樹日佐夫の兄と父・龍夫の風貌と人脈を高森日佐志は「弔花を編む」(文芸社)に著した。

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