土用の丑の日というと七輪から立ち上る炭火の香りを思い出す。幼い頃、土曜の丑には時間が合えば、いとこ一家らとうな丼を楽しんだ。
魚屋さんでうなぎを選び、割いてもらう。骨は揚げてもらって、頭はタレのだしに。肝は吸い物用に取り分けてもらう。帰宅後、男性陣は七輪でうなぎを焼き、女性陣はタレ作りなどを担当する。
七輪からは香しい炭火とウナギの焼ける香り。父たちはさらにメザシやシシャモを焼きながらビール。筆者ら子どもたちは七輪を野良猫から守る監視役だった。
屋内外で汗して出来上がったうな丼はまさに美味。遊んでばかりで劣等生だった筆者に、精をつけて勉強がんばれ―などと祖父に発破をかけられたこともよい思い出。
時は流れ、いまやうなぎは当時以上に高価に。住宅事情で七輪の使用も難しく、家族も減少。「あの味」を家で作り味わうことはもうないだろう。そう考えると土用の丑は、ふと寂しさを覚える日でもある。
