風針

 大正元(1912)年12月12日付の「山梨日日新聞」には前夜、甲府警察署が一斉取り締まりを行い浮浪者17名を捕縛したことを伝えている。

 明治末から大正初めにかけて一府六県を荒らしまわった犯罪集団「黒装束組」の主犯、山口団蔵は仲間うちでは「関東兄イ(あにい)」と呼ばれていたが無期懲役に処され、森田勝次郎は懲役20年、小針栄次郎は同15年の判決が下った。

 判決から4カ月後、「捜査実談 関東兄イ」が出版された。著者は望月紫峰。紫峰は「関東兄イ」の自序で「甲州は俺の第二の故郷である」と述べている。

 甲府署長の田中啓吉警視は紫峰に「山口団蔵の事件を書いてくれる気持ちがあるなら、材料の提供は惜しまない」と言い、紫峰は捜査資料を基に「関東兄イ」を執筆した。

 それによると明治41(1908)年から大正元年までの間に「関東兄イ」に関する事件は65件発生、刑事は山窩(さんか)の群れを追っていた事実が判明している。

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