豊橋市名誉市民推戴の栄に浴して

多くの人の支えに心から感謝/サーラグループ最高顧問・神野信郎

2017/08/01

 私は昨秋、「豊橋市名誉市民」推戴という身に余る光栄に浴しました。企業人として、また地域の発展のため、「公益こそすべて」を念頭に、大局的に物事をとらえ、少しでも社会のお役に立てればと毎日を送ってきました。また豊かな自然と人間の融合する東三河の発展、そしてこの地域から発信して日本全国から世界中に拡がる文化・交流の促進などをひたすら追求してまいりました。これまで共に歩んできました関係者の皆さま方に心からお礼申しあげます。

 私の生まれた1930年は世界大恐慌のさなかであり、軍国主義一色の幼少年期を豊橋で過ごしました。終戦直前の1945年6月19日の豊橋空襲、8月7日の学徒動員先での豊川海軍工廠大空襲では九死に一生を得ました。戦争の惨劇と非戦の誓いの中から人間性を追求する暗中模索の青春時代が始まり、大学時代はアメリカの占領下、貧困と混迷と抵抗心で「新しい日本の国家像と人間とは何ぞや」の人生観を求めて挑戦し続けました。

 その後、6年間の銀行人生を経て1959年に中部ガスに入社し、57年の歳月を重ねて今日を迎えました。この50数年間、石炭から石油、天然ガスとエネルギー源は変化を続け、加えてIT・テクノロジーなども革命的に進化しましたが、全社員が「親切・丁寧・迅速」の社風の下、創業以来の「チャレンジ精神」を発揮し結集したことにより新時代の変化に的確に対応し、今日の安定した経営が実現できました。入社当初からのテーマだったグループ多角化への事業展開は「公益を優先する」「不断の技術革新」の創業の精神のもと、新時代のお客様のニーズに応えることにより、今日のサーラグループが形成されました。数えきれぬほど多くの方々の支えがあって今があると、心から感謝しています。

 心に残る思い出は山ほどあります。60年前の豊橋JC理事長、JCから交友が広がりました。日本JC会頭時代の前後。ご推薦いただいた故・遠山直道氏、バトンタッチした牛尾治朗氏をはじめ全国の個性豊かな友人ができ人生の大きな財産となりました。豊橋商工会議所会頭時代には、外資系自動車企業や技術科学大学の誘致をはじめ、産学官連携の諸事業の推進、豊橋駅の全面改築、豊橋市内電車のポール化、豊橋商工会議所100周年事業などに取り組み、東三河広域ビジョン「界を越えて」、三遠南信広域連携など、多くの仲間と信義を深めました。

 豊橋市体育協会、豊橋市国際交流協会の初代理事長をはじめ豊橋日独協会、豊橋善意銀行、NPO法人東三河骨髄バンクを支える会、丸山薫賞運営委員会等ボランティア活動の創設に関係し、各方面の多彩な友人を持つことができたことは人生無上の喜びでした。さらに地域関連団体などの団長として、しばしば海外を視察し、多くの世界の友人との交遊も心に残る思い出でいっぱいです。とくに中国・南通市との友好都市提携、アメリカ・トリード市との姉妹都市提携、ドイツ・ヴォルフスブルグ市とのパートナーシテイ協定締結は印象深いものがあります。

 これからも、ふるさと東三河を日本の理想郷にしようとの夢は終生のロマンとして燃やし続けたいと願っています。また日本アマチュアオーケストラ連盟名誉会長としての活動や熱田神宮、安久美神戸神明社、菩提寺神野新田圓龍寺の責任役員としての奉仕など、ご縁のある社会事業には元気な限り微力を傾けてまいりたいと思います。

2017/08/01 のニュース

サーラグループ最高顧問・神野信郎

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