名古屋市の元高校教員・鈴木靖之さん
2026/06/23

左から「二つの灯台」と「こんじゅうさーの大ホラ」。作者の鈴木さん(田原市高松町で)
絵を描き、みかんを育てる「二刀流」にこそ価値がある―。名古屋市の元高校教員の鈴木靖之さん(74)は、「農芸家」として約10年前から古里の「渥美半島の風景」をテーマに油絵展を開き、都会の人たちにその素晴らしさを伝えている。退職後に実家の夏みかん栽培の傍ら絵筆を執り、「地元に恩返し」をモットーに次回の個展の準備を進めている。
■温かみ
鈴木さんは、赤羽根町(現田原市高松町)の農家の長男に生まれ、育った。地元の成章高校で美術部に入り油絵と出会った。大学で画家の指導を受けて1973年、初出品した「白杖」(はくじょう)が二科展に初入選。以来、二十数回の入選を続け、2000年にいったん筆を置いた。
その一方で、「好きなようにやれ」との父の言葉の真意がわからないまま、農家の務めを果たせず悔いが残っていた。教員退職後の14年から定期的に古里に通い、みかん畑約1・6ヘクタールを引き継ぎ、その一部を自然農法による生産とともに、大好きな渥美半島の絵を残すことが役割と思い、2年ぐらいたってから油絵を復活させた。
その後、描いたのは約100点。観光名所や市を代表する農作物、働く農夫や農婦にも焦点を当てた。まん延したコロナウイルスの影響で順調に運ばず、17年を皮切りに名古屋市で3回、田原市で1回個展を開いた。
油絵は、すべて現実の風景に心情を加えた心象画。自宅のアトリエで想像を膨らませて力強く描いたのが、「こんじゅうさーの大ホラ」。自信作の一点だ。
日照りが続いていた一昨年夏、豊川用水から畑に水を流す役目を担う畑管(バルブ)の輝きに目が留まり、「このおかげで渥美半島の農業が潤う」とその象徴として強調した。地元高松の出身で代議士時代に「大ボラ吹き」と呼ばれたが、今は「豊川用水の生みの親」として尊敬される近藤寿市郎をもじってタイトルを付けた。
伊良湖岬の先端の「二つの灯台」も気に入っている。高台の伊勢湾海上交通センターを「現役の灯台」に見立て、役目を終えた「観光用灯台」と対比させ、荒波の中で「世代交代」が行われたようなイメージにした。
個展に足を運んだ人たちはどの作品も「穏やか」「懐かしい」「ホッとする」と口をそろえた。「渥美半島に生まれた人だから温かみのある絵が描ける」と批評した人もいた。
■個展の意義
もう一方の夏みかんもクラフトビールの原料などとして出荷が軌道に乗り出した。鈴木さんは「都会の人たちが絵を見て、渥美半島に来てもらえれば、お世話になったこの地域への恩返しにつながる」と名古屋での個展の意義を語る。来年に5回目を計画し、「元気な限り個展を続けていきたい」と意欲を燃やす。