渥美線電車機銃掃射の目撃者や乗客代弁/出前授業で平和の尊さ訴える
2026/02/17

語り継ぎデビューした藤江さん㊧と岡本さん(衣笠小学校で)
太平洋戦争の終戦前日に米軍機が、現在の田原市を走る電車を銃撃し、乗客ら31人が死傷した「渥美線電車機銃掃射」の記録を語り継ぐ市内の「前日の会」(彦坂久伸代表)の2人が、小学校での出前授業で語り継ぎとしてデビューした。機銃掃射の目撃者や乗客を代弁し、戦争の悲惨さと平和の尊さを訴えた。
■人間関係に溝
目撃者は田原市田原町の彦坂昭市さん。終戦前日、勤務する防空監視哨(ぼうくうかんししょう)は非番で、自宅の松の上から機銃掃射を目撃した。機銃掃射の証言集を基に作った紙芝居『前日物語』の作者でもあった。4年ほど前、91歳で亡くなった。
乗客は豊橋市大清水町の彦坂登さん。乗った電車が機銃掃射されたが、奇跡的に助かった一人だ。紙芝居に登場し当時、成章中学校(現田原市の成章高校)1年。2年前ぐらいに91歳で死去した。
先月21日、市内の衣笠小学校での出前授業で「語り継ぎデビュー」したのは、どちらも市内野田町で昨年10月に入会した岡本次生さん(66)と藤江昭範さん(65)。それぞれ昭市さんと登さんの代弁をした。
岡本さんは、拍子役も務めた。「敵機2機を確認し、顔も見た」と戦闘機や操縦士の様子を説明した。そのうえで「車内は血の海。そこからけが人やひん死の重傷者を運び出していた」と機銃掃射の現場を見た人の話を伝え、「『(私は)戦死が名誉』と思っていたが、今考えると恐ろしい」。
藤江さんは、「『伏せろ』の声で電車の床にうつ伏せになり、無我夢中で逃げた」と機銃掃射の模様を語った。一方で同級生が亡くなりお悔やみに行った際、「母親に玄関払いされた」と述べた。戦争は人間関係に深い溝が生じるようだ。
2人は2日後、市内の野田小での出前授業でも語り継ぎを行った。東日新聞の取材に「これからも子どもたちに『戦争は絶対にいけない』と伝えていきたい」と語った。
■苦しみ憎しみ
ほかに機銃掃射で負傷者らを病院に運んだ場面を見た高橋邦子さんは「戦争は大反対」と訴え、病院で救護に携わった看護師の思いを受け継ぎ語り継いだ会員の太田直子さんは「戦争は苦しみ、憎しみの連鎖が続き、何ら解決にならない」と呼びかけた。2人と入会時が同じ佐久間幸子さんも谷川俊太郎の絵本『せんそうしない』の読み聞かせを行った。
前日の会は、前身の団体を含めて2015年から市内の小学校を中心に出前授業を開いている。彦坂代表は「出前授業を通して平和の『バトン』を次の世代へ、さらにその次の世代へ伝えていけたらと思う」と話した。
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両小の出前授業では、山田政俊前代表が作った「戦跡すごろく・(渥美)半島コース」などが披露され、子どもたちが楽しんだ。
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渥美線電車機銃掃射 終戦前日の1945年8月14日、三河田原駅を出発した名古屋鉄道(現豊橋鉄道)渥美線の電車が、現在の田原市の神戸駅付近で米軍機の機銃掃射を受け、乗客約40人のうち乗員らを含め15人が死亡、16人が負傷した。近くの踏切の前に「大東亜戦争動員学徒殉職之碑」が建立されている。