終戦直前と特定

「渥美線電車機銃掃射」死亡成章中生への校長弔辞/「前日の会」資料調査 来月母校・老津小で出前授業へ

2026/05/13

前日の会が「終戦直前に書かれた」と特定した弔辞の一部(前日の会提供)

 太平洋戦争終戦の前日、米軍機の「渥美線電車機銃掃射」の惨事で、亡くなった愛知県立成章中学校(現成章高校)1年の彦坂定さんに宛てた軍国主義の教育がうかがえる校長の弔辞は、終戦直前に書かれたことがわかった。機銃掃射の記録を語り継ぐ田原市の「前日の会」(彦坂久伸代表)が、成章高の記念誌などを調べて特定した。6月、定さんの母校にあたる豊橋市老津町の老津小学校(元老津国民学校)への出前授業で弔辞を取り上げ、戦争について考える。

 ■軍国主義の教育
 定さんは1945年8月14日、現在の田原市の神戸駅付近を走る渥美線の電車が米軍機の機銃掃射を受け、他の乗客ら14人とともに死亡、16人が重軽傷を負った。定さんの遺族宅で県知事の弔意などとともに成章中の野末茂校長が定さんに宛てた弔辞が見つかり先日、前日の会に寄せられた。だが、「昭和20年8月 日」としか記されていなく、「終戦前後に書かれた」とみられていた。

 終戦直前とする根拠は、成章高の『成章八十年史』(83年発行)や、会の前身にあたる「豊川流域研究会」が災難を逃れた乗客らを聞き取り、まとめた2冊の証言集(2015、16年発行)などから。それによると、野末校長が45年8月末まで成章に残っていたものの、15日付で異動が出ている。定さんの葬儀はわからないものの、他に死亡した成章中生5人のうち2人の葬儀が15、16日などにあり、同級生が参列したり、老津国民学校の職員に会葬を呼びかけたりする記述があった。

 会は「校長は亡くなった成章中生には定さんとほぼ同じ内容の弔辞を読んだか、届けているだろう」としたうえで、「定さんの弔辞はこの機銃掃射を受けた後の14日夜から15日朝までに書かれた」とみている。

 また、証言集には、他の成章中生が機銃掃射の前に野末校長から本土決戦に備え、渥美半島に上陸する米軍を阻止する訓練を「豊橋の陸軍予備士官学校(現愛知大学豊橋校舎内)で受けて来い」と命令を受けたとの記載も。この流れが「(定さんの)志を継ぐため敵を撃滅して皇国の安泰を誓う」との弔辞内容につながった可能性もあるという。

 平和教育に取り組む愛大の渡邉正名誉教授は「弔辞は、徹底した軍国主義の教育が敗戦直前まで続いたと象徴する貴重な資料の一つ。何のための戦争だったのか、何のための教育だったのかをみんなで考えてほしい」と話した。

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 前日の会は15年から田原市内の小学校などを中心に出前授業を開き、戦争の悲惨さと平和の尊さを訴えている。6月11日の老津小では校長の弔辞を通じて、彦坂代表は「戦争は悲しみと憎しみを与えるに過ぎないと伝えたい」と話した。

「渥美線電車機銃掃射」で亡くなった定さんと同じ成章中生の葬儀に老津国民学校職員に会葬を呼びかけ(証言集に掲載された「学校日誌」から)

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前日の会が「終戦直前に書かれた」と特定した弔辞の一部(前日の会提供)

「渥美線電車機銃掃射」で亡くなった定さんと同じ成章中生の葬儀に老津国民学校職員に会葬を呼びかけ(証言集に掲載された「学校日誌」から)

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