この人に聞く
【第19回】西郷和久・JA豊橋代表理事組合長
2026/10/12

今年6月の総会で、豊橋農業協同組合(JA豊橋)の代表理事組合長に就任したのが、西郷和久代表理事組合長(59)である。総代、非常勤監事、常勤監事という道を経て組合長に就くのは、JA組織の中でも異例の経歴だ。
豊橋市生まれ、豊橋育ち。実家は牧場を営み、家業を継ぐことを前提に北海道の畜産大学へ進んだ。卒業後は父に相談せず、平成元年に北海道の農業団体・ホクレンに入会。札幌本部の経理電算部に配属され、伝票会計を廃止し、役員が日々、組織の事業成績(貸借対照表や損益計算書など)をパソコンで把握できるシステム会計の構築に4年携わった。その後、名古屋支店で管理業務とマーケティングの出発点である顧客管理を5年、札幌本部財務部資金課で総合資金管理を2年経験。大学時代を含め北海道などで過ごした15年間で、経理から経営管理、資金管理までの実務を幅広く身につけた。
豊橋へ戻ったのは、父が始めたばかりの交雑種(ホルスタインと和牛の掛け合わせ)の肥育事業を継ぐためだった。父の勘と経験に支えられた牛づくりを、増体や日数といった数値で管理できる仕組みへと転換し、父と共に頭数を200頭規模から300頭へと拡大した。「死なせない牛づくりをするのが僕の仕事だった」。病気のリスクと隣り合わせの技術革新のさなか、そう自らに言い聞かせながら事業を育てた。
父の時代から取り組んでいた肥育期間の短縮を全国平均の27カ月から20〜21カ月へと半年近く縮め、単価下落局面でも利幅を確保できる体制を目指した。大手食肉会社と組んでオリジナルブランド「愛知みかわビーフ研究会」を仲間と共に立ち上げ、卸業者を介した店頭販売にも乗り出した。さらに宮崎県小林市の肥育農協「霧島ビーフ」との技術連携や、豆腐かす(おから)を共通原料とするなど、差別化を図るためのブランド価値の創出に努めた。
同研究会の最終目標を「豊橋での配合飼料生産・供給(当時は知多半島で生産)」に定め、低コスト輸送の実現により、日本一安い生産費の牛づくりを掲げた。この目標は後の研究会後継者やその仲間たちに託した。これは資金を含め、少しでも「域内で資源を循環させるような事業連携」を地域経済に根づかせる狙いだったという。
組合長としては、この発想を農協経営そのものに広げたい考えだ。豊橋から東三河、さらには愛知県全体へと視野を広げながら、お金を含めた資源の地域内循環という事業連携を描く。農業協同組合法をはじめとする各種法令を順守しながら、変えるべきものは変えていく「選択と集中」も必要になるとみる。
北海道を離れる際、上司から「いずれ地元に帰って年を取り、地元に恩返しをする時が来たら、その際は精いっぱい農業を支援してやってくれ」と言われた事が今も忘れられないという。気がつけば、まさにその言葉を実行する時が巡ってきた。育ててくれた古里と、送り出してくれた北海道への恩返しとして、力を尽くす構えだ。
※次回は19日付掲載予定。