武田勝頼公を通した新城市と甲州市との交流
2026/04/28

設楽原をまもる会会員ら(甲州市大和町の景徳院で)
「長篠・設楽原の戦い」の歴史を後世に伝える活動を続ける新城市の設楽原をまもる会(中嶌豊会長)は26日、武田家終焉(しゅうえん)の地である山梨県甲州市大和町で開催された「ふるさと武田勝頼公まつり」に参加し、甲州市の鈴木幹夫市長や市民らと交流した。
参加したのは、会員と新城市の下江洋行市長ら35人。勝頼の菩提寺・景徳院の法要に参列し、手を合わせた。まつり会場の旧大和中学校グラウンドで、勝頼公を中心とする武者行列や演武を見学し、小学生による天目山勝頼公太鼓の演奏などに耳を傾けた。
この後の式典では鈴木市長や武田家17代目当主の武田英信さんらとともに下江市長、まもる会の山内康平副会長が登壇した。
鈴木市長は、議会の議長と副議長を務めた時、設楽原を訪れている。信玄塚の整備や火おんどりを継承し、武田家を慰霊していることに感謝したうえで、「今後も交流を続けたい」とあいさつした。下江市長も「これからも丁寧に慰霊を続け、両市の交流をつなげていきたい」と述べた。
会場の一角には、大和おもてなし倶楽部の野澤和雄代表らによる特別企画展「武田家の聖地」も開かれた。長篠・設楽原の戦いの資料や写真も飾られ、新城市出身で甲州市老人クラブ会長を務めた澤田正志さん(83)が案内役を務めていた。
まもる会は、織田・徳川連合軍が武田騎馬隊を打ち破った長篠・設楽原の戦い(1575年)の舞台となった設楽原に馬防柵を復元し、毎年設楽原決戦場まつりを開き、戦死者を慰霊している。戦いに敗れた勝頼が自害した大和町(旧大和村)とは1989年から交流があり、毎年お互いの祭りに訪れている。