歴史に学び 今を見る目を

田原の前日の会「老津と戦争、そして渥美線電車機銃掃射」/10回を数えた老津小平和学習 ②

2026/07/28

「血で染まった電車を洗った」と説明する彦坂代表。手前は話を聞く6年生(田原市内で)

 カラスがナレーターを務め関係者の証言を基に紙芝居や、戦時中の出来事も―。米軍機による「渥美線電車機銃掃射」を語り継ぐ出前授業は、豊橋市の老津小学校や現場で開かれ、6年生約30人が学んだ。今の田原市で太平洋戦争終戦前日に起き、母校の先輩3人が亡くなっている。10回目を迎え、戦争体験を学ぶ老津小の伝統的な取り組みとして定着している。連載2回目は、開催した田原市の市民グループ「前日の会」の「老津と戦争、そして渥美線電車機銃掃射」に焦点を当てる。

 ■惨劇を再現
 6月11日の校内での出前授業で、会はおなじみの紙芝居『前日物語』を上演した。紙芝居は電車の乗客や救助、救護に携わった関係者から聞いた話をまとめた証言集を基に作られており、1945年8月14日、現在の田原市を走る電車が米軍機の機銃掃射を受けて乗員を含む15人が亡くなり、16人が負傷した惨劇の一部を再現した。

 ナレーターのカラスの「カーばあさん」と孫の「クロちゃん」の掛け合いで話は始まり、決め台詞の「戦争は勝っても負けても泣くのはあんたら。命が大事」と締めくくった。

 亡くなった3人のうちの成章中学校(現成章高校)1年の彦坂定さんは、老津国民学校(現老津小)出身。講師として招いた、おいで豊橋市老津町の敏さんは、定さんに宛てた校長の弔辞や定さんの死亡診断書の写しが自宅で見つかったと初めて紹介した。

 診断書から「死亡は午後2時ごろ」「死因が貫通銃操(創)」とわかったことで、会は「正午から午後1時過ぎに撃たれ、しばらく生存していた。定さんと同じように亡くなった人は多かった」と補足した。

 老津では45年6月の豊橋空襲で焼夷弾(しょういだん)が落とされ民家2棟が全焼したと伝えたほか、昭和の戦争で戦死者が多く、男性の平均寿命が極端に短かったと説明した。ほかに学徒義勇隊に組織された子どもたちは軍隊のように訓練を受けたと過酷な実態を明らかにした。

 91歳で亡くなった紙芝居の作者で、かつて「軍国少年」だった彦坂昭市さんの横顔にも触れた。「天皇陛下のために死ぬことは名誉なこと。今思うと恐ろしい」と生前に語っていたことを代読した。

 また、15日は田原市の現場に移動し、「汐川の水をくみ上げて、機銃掃射で血に染まった電車を洗った」という汐川鉄橋の付近や、亡くなった成章中の生徒の名前が刻まれた慰霊碑などに案内し、当時の様子を話した。

 ■16年1月から
 前日の会は、前身の団体を含め2015年から出前授業を始めた。老津小は新型コロナウイルスがまん延した20年を除き、16年1月から毎年受け入れている。彦坂久伸代表は「子どもたちが戦争の歴史を学び、今を見る目を養ってほしい」と願いを込めた。

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