50回の節目 不戦誓い恒久平和願う/岡崎空襲の市民慰霊祭
2026/07/28

慰霊碑の前で手を合わせる参列者(岡崎市康生通西2で)
1945(昭和20)年7月20日未明に岡崎市街地を襲った岡崎空襲の犠牲者を追悼する市民慰霊祭が19日、同市康生通西2のシビコ西広場で開かれた。参列した約80人は不戦を誓い、恒久平和を切に願った。
市民慰霊祭は今回で節目の50回目。全員で黙とうをささげた後、同所にある慰霊碑に参列者が次々に献花していった。また、市内に住む空襲体験者である長谷あい子さん(94)の手記も紹介された。
主催する「岡崎空襲を記録する会」の杉田隆志会長(71)は「記録する会では、岡崎空襲で亡くなった方の名前を279人まで確かめた。亡くなった1人1人の思いを皆さんに伝えることが任務だと思う。世界は現在、戦争をするか平和を取るか綱引きをしている。皆さんが声を出し、思いを持っている人同士が手をつないでいくことが大きな力になる」と述べた。
28日~8月4日に市図書館交流プラザ(りぶら)で空襲関連の展示会、同8日には同所で戦争体験を語る会・語り継ぐ会がある。
岡崎空襲は米軍爆撃機B29が飛来し、大量の焼夷弾(しょういだん)を投下。当時の市街地は壊滅的な被害を受けた。
西尾市立幡豆小学校で13日、名鉄西尾・蒲郡線(にしがま線)をテーマにした特別授業が開かれた。5年生約40人は、学区内を走行し、駅が2つある身近な公共交通機関について学び、その必要性を痛感した。
特別授業は内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として昨年度に続いて行われ、「交通計画」を専門にする名古屋大学未来社会創造機構モビリティ社会研究所の三輪富生教授(51)が、にしがま線の役割や現状、利用促進に向けた動き、今後などについて丁寧に説明した。
学区内には蒲郡線(吉良吉田駅~蒲郡駅)の三河鳥羽駅と西幡豆駅があり、児童らの大半が利用したことがある。しかし、利用者が少なく、経営状況が厳しいといった現状を三輪教授が児童に伝えた。「もし、にしがま線がなくなったら電車を利用している高校生が困ってしまう。場合によっては家族で引っ越しということもある」などとした上で「みんなもちょっとずつでいいから乗ろう」と呼び掛けた。
同大や西尾市が昨年度に実施した利用促進プロジェクトでは、ポスターや看板を制作して目に見える形での訴えを行ったほか、地元住民向けに期間限定の無料乗車券を配布した。その結果、少しずつだが、利用者が増えてきたことが確認された。それでも目標人数には達しておらず、さらなる利用促進が必要となることも説いた。
三輪教授は授業の終盤に、にしがま線の利用方法をそれぞれが考えることを提案。「みんなで使って、にしがま線を守ろう」と締めくくった。
倉地風翔(ふうが)君(10)と鈴木千夏さん(11)は「にしがま線をもっと利用しようと思った。電車に乗って西尾のまちや名古屋などいろいろな場所に行ってみたい」と目を輝かせながら語った。