文学「時代の流れ」 法経「切実な問題」

学園紛争渦中 どう捉えたか番外編 愛大OB・冨安さんの認識/ベ平連活動に没頭 “紛争”ではなく“闘争”

2026/09/29

大学紛争のアンケート結果について話す冨安さん(愛知大学豊橋校舎で)

 文学部は「ベトナム戦争」、法経学部は「学費値上げ」―。愛知大学豊橋校舎(豊橋市)でありながら、学園紛争渦中にいた大学生は、紛争理由の傾向が分かれた。東日新聞は、すでに愛大東亜同文書院大学記念センターがまとめた報告書から3回に分けて紹介したが、この疑問が残っていた。このため、文学部に入学してべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の活動に没頭した市内の冨安廣次さん(78)に話を聞いた。

 ■ロマンチスト
 ―アンケート結果で文学部の11人のうち4人が紛争理由に「ベトナム戦争」と書いた。「学費値上げ」が正しいが、これをどうみるか

 「ベトナム戦争反対」の機運が高まり、文学部の学生の多くは共感を持った。学内問題より時代の流れに敏感だ。ベ平連が反戦集会を開くと常に約50人が集まり、文学部の学生が圧倒的に目立った。ロマンチストが多いでしょうか。調査結果はある程度、納得できる。

 ―一方、法経学部は回答した30人のうち14人が紛争理由に「学費値上げ」を指摘した

 私学の中で愛大は学費が安かった。大学を選ぶ理由に学費を第一に考える学生は少なくなかった。値上げは切実な問題。法経学部にはそう思う学生が多数いたのでは。集会などに誘っても「就職に影響する」と断られた。政治問題から距離を置いていたのだろう。

 ―ところで、ベ平連との出会いは

 文学部に入学した翌1968年4月ごろ、先輩に誘われて愛大ベ平連の立ち上げに参加した。その後代表となり、仲間約10人とともに南ベトナム解放民族戦線支援の一つとして、日米安全保障条約への反対、国際反戦デーや沖縄返還デーなどに行動を起こした。豊橋駅前で反戦フォーク集会やデモ行進も行った。

 ―冨安さんは紛争理由をどう思うか

 大学紛争は68年12月からといわれる。しかし、67年に生活協同組合が愛大への進出を巡り、革マル派と民青(日本民主青年同盟)の意見の対立で始まったと思う。今回は大学紛争と言ったが、要求を貫く争いだから、ずっと「大学闘争」という言葉を使っている。

 ■現在も活躍
 ―ベ平連の活動は仲間に役立っているのだろうか

 活動の目的は自分の生き方探し。ベトナム戦争は終わったが、この活動を教訓に、1人は東ティモールの現地の暮らしの紹介や支援活動を行い、もう1人はネパール人の日本での生活を守る運動を展開するなど当初から携わった仲間の一部は、今も活躍している。うれしい限り。

 ―最後に人生を振り返ってどうみるか

 ベ平連の活動に関われ、友達や恩師に恵まれたのは大きな財産。大学職員のあっせんで好きな図書館司書の仕事もでき、幸せだったと思う。

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