粘り強く説得続けコレラから住民守る/田原
2025/06/24
殉職地で手を合わせる江崎さんら参列者(田原市加治町で)
自らの身を犠牲にして、疫病コレラから住民の命を守った江崎邦助巡査(享年25)と妻じうさん(同19)をしのぶ140回忌追悼慰霊法要が巡査の命日の23日、田原市加治町の浄光寺で営まれ、親族や田原署、市の関係者ら約40人が2人の遺徳をしのんだ。
江崎巡査は明治時代の1886年、コレラが大流行する中、豊橋警察署田原分署(現・田原署)に着任。当時の警察官は保健衛生も職務とされていたため、感染者が確認された堀切村(現・田原市堀切町)で防疫任務として村の消毒を試みようとしたが、「コレラと分かれば毒殺される」との噂が飛び交うなどして、村人から激しい抵抗を受けた。粘り強く説得を続け、ようやく村人は消毒に応じた。
しかし、分署に戻る途中、巡査はコレラの感染が判明。感染の拡大を防ぐため小屋にこもり、じうさんの看護を受けたが、同年6月23日に亡くなった。3日後、じうさんもコレラで生涯を終えた。
法要は5年に一度行われてきたが、135回忌は新型コロナウイルス感染症の影響で中止となり、10年ぶり。読経に続き、主催する江崎巡査夫妻偉績顕彰会の山田貴三会長が夫妻の生涯を紹介した上で「その偉績を永遠に語り伝えることの大切さを思っていますが、コロナ禍を経験した今、さらに強い思いになっています」と追悼した。
副会長の尾崎匡彦田原署長は「市民、県民の安全安心を確保することが大切で、巡査夫妻の行いを事あるごとに思い起こしてください」とあいさつ。
遺族を代表し、江崎広章さんは「今なお2人が地域に大切にされていることは大変名誉で、うれしく思います」と感謝した。
法要後、参列者は加治町内の殉職地などを参拝した。