写真で巡る渥美半島の足跡

㊱「免々田(めめだ)川河口の今昔」/港町から施設園芸盛んな街に

2026/08/25

1935年頃の免々田川河口の福江港(山田幸宏さん提供)

 上の写真は、1935(昭和10)年頃に旧福江町役場の屋上から撮影された免々田(めめだ)川河口と福江港周辺の絵はがきである。

 福江(畠村)は、港町として発展した。戦前には豊橋、蒲郡、半田(亀崎)、名古屋(熱田)などを結ぶ物流の玄関口として栄えた。港の河岸には家屋が密集している。

 対岸には、防潮堤と松林が延びており、その内側は向山新田。1674(延宝2)年に免々田川河口に広がる干潟を干拓して造成されたもので、広さは46・1ヘクタールに及ぶ。写真に写るのは、堤内に残った大溜池沼の水面と考えられる。

 1953(昭和28)年の13号台風では、高潮が福江湾を直撃し、防潮堤が壊れて海水の濁流が流れ込み、一帯は甚大な被害を受けた。

 下の写真は、2025(令和7)年に福江市民館の上空からドローンで撮影した免々田川河口。昭和30年頃まで港町として栄えた下地から古田一帯の現在の景観である。右岸には、干潮により川底に並ぶ小さな漁船の姿も見られる。

 温室やビニールハウスが建ち並ぶ向山新田は、13号台風後に修復された高さ2・7メートルのコンクリート造りの防潮堤で守られている。河口中央には1991(平成3)年に築造された免々田川樋門があり、高潮などによる浸水被害を防ぐ役割を担っている。

 向山新田は現在、施設園芸とアサリ漁が中心。昭和50年代からアルストロメリアなどの洋花の栽培が盛んになっている。

福江市民館上空から見た免々田川河口(2025年・大場可さん提供)

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1935年頃の免々田川河口の福江港(山田幸宏さん提供)

福江市民館上空から見た免々田川河口(2025年・大場可さん提供)

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