栄一の孫、敬三と深いつながり

豊橋市で企画展「渋沢家と郷土豊橋の人々」/地元ゆかりの民俗学者にもスポット

2021/06/08

 豊橋市中央図書館で開催中の企画展で、奥三河の民俗芸能「花祭」を有名にさせた豊橋ゆかりの民俗学者早川孝太郎(1889~1956年)は、NHKの大河ドラマでおなじみの渋沢栄一の孫、敬三とつながりがあったことにもスポットが当てられている。敬三は資金援助や一緒に現地調査を行い、深く結びついていたことがうかがえる。

「花祭」を紹介/資金援助や現地調査も

 ■柳田が紹介

 孝太郎は長篠村(現新城市)出身。1902(明治35)年ごろから豊橋の素習学校に通いながら約4年間、銀行に勤めた。日銀総裁や大蔵大臣を務めた敬三(1896~1963年)とどこでつながったのだろうか―。

 企画展「渋沢家と郷土豊橋の人びと」では、孝太郎がその後、上京して絵を勉強していた時、専門雑誌に報告した郷里の三河万歳などが民俗学者の柳田国男が注目し、紹介したとパネルで説明している。

 敬三は栄一から家督を継いだ。民俗学者の「顔」も持ち、民具学や漁業史で先駆的な役割を担った。孝太郎と1926(大正15)年、出会った。その際、孝太郎から花祭の様子を聞き、「支援するので調査して完全なものにするように」と促したことがパネルにつづられている。

 ■花祭を刊行

 孝太郎は30(昭和5)年、「花祭」を刊行した。その時、渋沢邸の改築のお祝いがあり、柳田のほか、泉鏡花、金田一京助、前田青邨(せいそん)らそうそうたる顔ぶれが出席。招待された地元奥三河の人たちが花祭を披露したことがパネルで紹介されている。

 その場で、敬三に贈った絵画「或(あ)る想(おも)い出」も出展されている。花祭に登場する「榊(さかき)鬼)」に踏んでもらった体験を描いた作品。孝太郎はこの絵を気に入っていたという。

 花祭調査で敬三とともに現地をたびたび訪れていたことも年譜で伝えられている。そのうち35(昭和10)年に園村(現東栄町)で敬三と一緒に撮影した写真が飾られている。

 企画展では、豊橋出身の漢学者の村井清が栄一の敷地内に住んで3人の子どもに漢学を教えるなど意外なつながりがあったことをメインに紹介している。

 今月20日まで。市図書館の岩瀬彰利主幹学芸員は「社会を動かした渋沢家2代が豊橋にかかわった2人と結びついていたことで身近な存在に感じられるのではないか」といい、来場を呼びかけている。

【キーワード】花祭

 鎌倉、室町時代から始まったとされる奥三河地方の民俗芸能。平安時代に最盛期を迎えた吉野、熊野の修験道が影響をもたらしたといわれている。毎年11月から3月まで東栄、設楽の2町と豊根村の15地区(1地区休止)で行われ、お面をかぶった鬼がまさかりをかざした「山見鬼」や「榊(さかき)鬼」などが舞いを披露する。国の重要無形民俗文化財に指定。新型コロナウイルスの影響で去年から今年にかけて一般公開が中止された。

2021/06/08 のニュース

渋沢家2代が豊橋にかかわり、「身近に感じてもらえるのではないか」と話す岩瀬主幹学芸員(市中央図書館で)

花祭調査で園村(現東栄町)を訪れた敬三(右から3人目)と孝太郎(右から5人目)=市図書館提供

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