厳しくも愛情ある指導者へ

プロバスケ元三遠ネオ・大口真洋/浜松学院大男子バスケ部監督として/新たな挑戦に燃える/「目標は和さん」勝って恩返しを

2018/07/18

 「ミスター・フェニックス」と呼ばれ、地元のプロバスケットチーム「三遠ネオフェニックス」を引っ張ってきた大口真洋は、今春から浜松学院大学男子バスケ部の監督として再スタートを切った。引退直後、苦楽をともにした日本バスケ界の重鎮・中村和雄元ヘッドコーチ(HC)から「将来は三遠の指揮を」と促された。目標とする恩師をだぶらせ「厳しくも愛情ある指導者を目指す」と述べた。

 大口は天理大卒。172センチ、73キロとバスケ選手としては小柄だ。1998年の入団。オーエスジーフェニックス東三河(OSG)、浜松・東三河フェニックスを経て16年に今の三遠ネオフェニックスと変遷するが20年間、フェニックス一筋。

 98年にOSGの監督に就任した中村が、大口をスカウトした。「小さいけれど、速くてうまくて華がある。こういう選手が活躍するバスケ界にしなければいけない」と話した。

 新人のころの大口選手を「粗削りで育成が必要だった。左手のドリブルが下手だった。やっていけるのかと思った」と心配した。

 一方で、「右手は異常に速かった。新人離れした狡猾(こうかつ)さを持っていた」と印象を語り、長所を伸ばす指導をしていったという。

 大口の活躍もあって2部で優勝。社会人トップのスーパーリーグでも健闘した。08年からbjリーグに参入。中村から信頼の厚い大口は、エースと主将の役割を託された。

 フェニックスが誕生した翌年の09―10のシーズンに日本1。10―11シーズンで連覇を達成した。大口は初優勝の時にプレーオフでMVPを獲得し、中村は2季連続で最優秀コーチを受賞した。2人の最高のシーズンとなり、中村は優勝を置き土産に地元の秋田へ戻った。

 中村は、現役時の大口を「あいつほどバスケや自分に真摯に向き合ったやつはいない。小さな体で42歳まで続けられたのは見えない努力があったからだ。よく自分のことを分かっている」とたたえた。

 三遠ネオフェニックスは、浜松学院大学男子バスケ部と提携し、大口が初監督になった。中村から「近い将来、三遠の指揮を執ってほしい」と言われると、大口は「和さんに13年間鍛えられ、言葉や背中から多くのことを学んだ。これからの目標は和さん。勝つことで恩返しがしたい」といい、大口の新たなチャレンジが始まっている。

2018/07/18 のニュース

大口真洋が現役生活に別れを告げた(静岡県浜松市浜北総合体育館で)

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