蒲郡の土砂災害から1年で遺族が語る/さまざまな場面で触れた人の温かさ/両親が遺したミカン畑守りながら懸命に前を向き
2025/08/28
助け出された柴犬チョコと尚美さん、泰代さん(蒲郡市内で)
蒲郡市竹谷町で昨年8月に発生した土砂崩れに巻き込まれた一家の長女(48)が27日、本紙の取材に当時の状況を語った。両親と弟を亡くしてちょうど1年。「あっという間。さまざまな場面で人の温かさに触れた」と振り返った。両親が遺したミカン畑を守りながら、懸命に前を向いている。
27日正午すぎ、鈴木寿明市長が献花のため現地を訪れた。見守る2人の女性。土砂災害で犠牲になった鋤柄定夫さん(当時78)の長女、尚美さんと三女の北上泰代さん(43)だ。
土砂崩れは昨年8月27日夜に発生。ふもとの住宅で就寝中だった定夫さん、妻の眞知子さん(当時70)、尚美さんと次女、長男の求さん(当時32)が巻き込まれた。
知らせを受けた泰代さんは、岡崎市の自宅から駆けつけた。土砂が流れ込み、押しつぶされた家を見て「だめかもしれない」と思ったという。しかし、そのころ尚美さんは、落ちた屋根の下で救出を待っていた。近くにあった空気清浄機とマッサージ椅子にはさまれたおかげで、土砂の衝撃が和らいだ。「一歩でも違う位置にいたら助からなかった」と振り返る。29日未明にかけて定夫さんら3人は見つかったものの、帰らぬ人に。次女と、定夫さんが特にかわいがっていた柴犬のチョコは助け出された。
尚美さんは、家族の死を信じられなかったという。それほど一瞬の出来事だった。ただ「迅速な救出のおかげで、3人とも顔を見て、送ることができた」と感謝している。
両親が丹精込めて育てていたミカン畑で、尚美さんは接客業の傍ら、農作業に汗を流している。畑に立ち尽くし、涙が止まらなくなることもある。「忙しくしていることで、心が保たれている気がする」と気丈に振る舞う。「畑を続けるのは親の願いだった」とも。
現地は、土砂災害の警戒区域に指定されていなかった。尚美さんと泰代さんは、このほどまとめられた調査報告書を見ても、原因に疑問が残るという。「納得できたら一区切りになる。1年たっても気持ちに整理がつかない」と複雑な心境を明かす。尚美さんは「同じ環境にいる人は、少しでも異変に気付いたら逃げる勇気を持ってほしい」と力を込めた。
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発生当時は遺族の意向から匿名で報道しましたが、今回、ご本人の了解を得て実名で紹介しました。