写真で巡る渥美半島の足跡

㊲ 「田原市街の今昔」/地震被害を経て再開発で変貌

2026/09/08

1944年12月10日の田原市街(アメリカ国立公文書館所蔵)

 上の写真は1944(昭和19)年12月10日に、サイパン島から飛来した米軍B29偵察機によって撮られた田原市街の状況である。

 右(東)側には汐川が流れ、田原港の船だまりと2本の橋が見える。上側の橋は、23(大正12)年に完成した鉄筋コンクリート造りの船倉橋。柳町・萱町・新町へと旧城下町を東西に貫く新道(旧国道259号)も整備されている。

 下側の橋は、渥美線の鉄橋、橋の左には田原駅が写っている。線路は左下方向にも延びている。24年の渥美線の開通で、田原駅から北に延びる駅前通りができ、旧城下との間に新たな市街地が広がった。

 よく見ると、船倉橋西の柳町通りの南側に建物が途切れた区間があり、空き地のように白く写っている。B29が撮影する3日前までは東南海地震で倒壊した商家11軒があった。米軍に被害を知られないよう、兵士が3日間で倒壊した家屋を全て撤去したと伝えられている。

 下の写真は現在の田原市街地。船倉橋は付け替えられ、船だまりも埋め立てられた。田原駅周辺も市街地再開発で変貌し、新たな駅舎と駅前広場、親子交流館やビジネスホテルなどが整備された。市街地を南北に貫く道路も新設されている。

 上町商店街には、2004(平成16)年に複合商業施設「セントファーレ」が開業。田原駅南方に広がっていた水田は、赤石土地区画整備事業によってなくなり、市街地が汐川東岸まで拡大している。

再開発で大きく変わった田原市街(2020年・地理院地図より)

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