米NPOから日章旗返還

豊川市長が戦没兵士の孫に/日の丸の周りには親類や地元の人の寄せ書き/ルソン島で戦死した旧海軍兵・太田芳雄さん

2018/08/11

 第2次世界大戦末期にフィリピンルソン島で戦死した旧海軍兵・太田芳雄さん=豊川市伊奈町(旧小坂井町伊奈)=の日章旗が10日、遺族に返された。34歳で亡くなり、遺骨も戻らなかった芳雄さんの遺品が73年ぶりに故郷へ戻った。

 日章旗は横90㌢、縦60㌢。「必勝」「祈武運長久 太田芳雄君」と大書されている。日の丸の周りは、親類や地元の人とみられる名前の寄せ書きで埋め尽くされている。

 芳雄さんの孫にあたる芳則さん(53)=同市伊奈町=がこの日、市役所を訪れ、山脇実市長から旗を手渡された。「おじいさんの犠牲の上に、いまの私たちの幸せがある。旗を大切に保管し、悔いのない1日1日を過ごしていきたい」と感慨深げに話した。

 芳雄さんは1910(明治43)年6月生まれ。44(昭和19)年7月に召集され、呉海兵団に入る。45年4月24日、比ルソン島クラーク地区で戦死したとされる。

 芳則さんが祖父を知る手掛かりは、8年前に亡くなった父正芳さんの遺品から見つけた手紙だけだった。家族に宛てた「しっかりやってくれ」という内容で、達筆だったという。

 旗は米イリノイ州の元米兵が持ち帰り、大切に保管されていた。譲り受けた孫のマーク・マゾーンさんは日章旗の意味を知り、返還を希望した。返還活動を進めている米NPO「OBONソサエティ」を通じ、日本遺族会や県と市の遺族連合会が特定した。

2018/08/11 のニュース

祖父芳雄さんの日章旗を前に、山脇市長と感慨にふける孫の芳則さん㊧(豊川市役所で)

太田芳雄さん

有料会員募集

東三河の家造り「住蔵」

連載コーナー

ピックアップ

東三河見ごろ

Copyright © TONICHI NEWS. All rights reserved.