【戦後80年 昭和100年】終戦前日の悲劇「渥美線電車機銃掃射」/昨年度 非核・平和都市宣言 田原市へ市議質す
2025/03/04
「渥美線電車機銃掃射」の現場に建つ慰霊碑。周りには説明する看板がない(田原市内で)
太平洋戦争の終戦前日、現在の田原市を走る電車が米軍機に攻撃されて31人が死傷した「渥美線電車機銃掃射」について小川金一市議は、5日の3月定例議会一般質問で取り上げる。今年は戦後80年、昭和から数えて100年を迎え、「この空襲体験を周知するため説明板を設置し、慰霊祭などを開いていく考えはないか」と市の見解を求める。市は昨年度、「非核・平和都市宣言」をしており、対応が注目される。
■説明板の設置を
渥美線電車機銃掃射の出来事は、太平洋戦争による渥美半島での大惨事。1945年8月14日、三河田原駅発の名古屋鉄道(現豊橋鉄道)渥美線の電車が、田原町(現田原市)の神戸駅付近で米軍機の機銃掃射を受け、乗客約40人のうち乗員も含め15人が死亡、16人が負傷した。駅近くの踏切前に「大東亜戦争動員学徒殉職之碑」が建っている。
小川市議は「電車が狙われ、亡くなった15人のうち6人が成章中学校(現成章高校)1、2年生」と民間人が巻き込まれた戦災と位置付け、「現場には慰霊碑はあるが、市民のほとんどはここで何が起こったか知らない」と指摘し、「市には悲惨な戦争があったことを次世代に伝える使命があり、責務もあると考える」と強調。「市教育委員会と連携して表示内容を考え、関係機関と相談して看板の適地を探し進めてほしい」と市に説明板の設置を求める。
この空襲体験を語り継ぐボランティアグループ「前日の会」(彦坂久伸代表)は2015年から、市内の小学校を中心に「出前授業」への参加を呼びかけ、これまでに100回以上開いている。「平和教育を進める上でこの団体の活動を広げる必要もあると考える」とし、市教委に教育現場との「橋渡し役」を促す。
そのうえで豊橋市では、豊橋ユネスコ協会(会長・渡邉正愛知大学名誉教授)が市教委の協力を得て市内の小学校を対象に座学と戦争遺跡を見学する「平和学習出前授業」を開いている例を挙げ、「参考になると思う」と付け加える。
■市に働きかけ
また、前日の会は、メンバーが元教員と語り部の空襲体験者の約30人。毎年、慰霊祭も開いているが、語り部は90歳前後と高齢で亡くなる人が多く、このままでは開催が困難になる可能性もある。
制定された非核・平和都市を一昨年10月に宣言したのを受け、戦後80年を迎えるにあたり、「空襲体験を風化させないためにも、市が中心となり高校や豊橋鉄道に呼びかけて、慰霊祭を開いたらどうか」と市に働きかける考えだ。
ほかに宣言後の取り組みのほか、市民への平和意識の啓発活動の実施、計画についても質問する。