西尾市「比島観音」 像前で最後の慰霊祭/比で戦没51万8000人の冥福祈る
2026/04/07

「比島観音」像前で、焼香して戦没者の冥福を祈る遺族ら(西尾市の三ヶ根山で)
太平洋戦争中にフィリピンで戦没した日本人の霊が眠る西尾市(旧幡豆町)の三ヶ根山の「比島観音」像前で、半世紀以上続いた供養祭が、5日幕を下ろした。例大祭も加え最後となった55回目は、北海道から福岡まで全国から集まった遺族ら約90人が、戦没者の「無念の死」を悼み、恒久平和を願った。このうち東三河からは遺族8人が参加した。
■使命感と勇気
供養祭では、遺族らでつくる「比島観音奉賛会」の亀井亘会長は、あいさつの中で核保有国が軍事力を背景に力で支配する状況を取り上げ、「日本政府は全世界へ、核の無い平和国家の構築を訴えるリーダーシップを取って欲しい」と呼び掛けた。
厚生労働省によると、2月末現在でフィリピンでの日本人戦没者は約51万8000人。戦没者に対し、「厳しい戦場で困難と恐怖の中、強い使命感と勇気を持ち続けて任務を果たされた」とたたえ、最終の慰霊祭となることを伝え、「比島観音像の御前で、世界平和を築く」と次世代に託し、「安らかにお眠り下さい」と締めくくった。
この後、三ヶ根山にある太山寺の小笠原寛明住職の読経があり、参列者一人一人が焼香し冥福を祈った。父がルソン島のツマウイニで戦没したという小野公子さん(84)は、娘でNHKアナウンサーの文惠さんと一緒に広島県から参列した。「これで最後となり残念だが、今後も元気な限り慰霊したい」と話した。
■奉賛会も解散
フィリピンで戦没した50万人以上の日本人の霊を慰めよう―。戦友や遺族たちが、その「聖地」探しと寄付を募り、太山寺の協力を得て山頂に比島観音像を建てた。その後に発足した奉賛会は、戦没者を慰霊する例大祭を毎年4月の第1日曜日と決め、1972年から始めた。2020年に供養祭に変更して続けきた。会員が減り、戦友はすでに亡くなり、会を運営してきた世話人も一人を除き80歳以上。運営が難しいと判断し、「54年の歴史」に終止符を打った。会もこの日で解散した。
■今後は自主参加
奉賛会は、今後も4月第1日曜を「集団参拝の日」として、みんなで声を掛け合い、自主参加の供養祭を考えている。
東三河から参加した8人のうち、ルソン島のパンガシナンで戦没した父を持ち世話人の一人、田原市豊島町の奥隆さん(82)は取材に対し、「息子として遺族の皆さんと追悼できたことはうれしい」と感謝した。レイテ島のアルベラで戦没した養父の息子で、同じ宇津江町の千賀昭一さん(84)は「義母が例大祭に熱心に参加していた姿をみて義母の亡き後、慰霊を続けてきた」と振り返った。
2人は「これからも自主的に参加したい」と口をそろえ、奥さんは「これまで通り観音周辺の掃除も続けたい」と語った。