【連載】父親が語る阿部葉太(横浜)の素顔㊤/「打つのが好きでいつもバット振る」
2025/03/27
阿部葉太が主将として個性豊かなチームをまとめた
日本一に手が届くのか―。第97回選抜高校野球大会(センバツ)で横浜が4強入り。田原市出身の阿部葉太(3年)は沖縄尚学との2回戦で本塁打、準々決勝の西日本短大付戦で適時打と快音を響かせている。父・一彦さんは、世代屈指のスラッガーへと育った息子をスタンドから見守っていた。
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◆葉太の原点
中学硬式野球や高校野球で審判員を務める一彦さんは、大の「野球好き」が高じて、2歳の息子におもちゃのバットを与えた。小学2年生から田原東部スポーツ少年団で本格的に軟式野球を始め、最初は二塁手、高学年で遊撃手や中堅手を守り、時には投手でマウンドに立った。
中学時代は愛知豊橋ボーイズ(スカイラークス)でプレーし、主に外野手を任された。当時の様子について、一彦さんは「打つのが好きでいつもバットを振っていた。小学生の頃から癖のないスイングを教え、それが葉太の原点になっている」と振り返った。
愛知豊橋Bの40期生の同期には、松井蓮太郎と髙橋大喜地(豊橋中央)、石黒巧と鈴木瑠惟(常葉大菊川)らがおり、阿部が主将としていつもコーチに怒られながら、個性豊かなチームをまとめた。
阿部が高校進学に悩んだ時期、OBの立花祥希(国学院大学)が練習に訪れ、彼の言葉が阿部の心を揺さぶった。一彦さんは「立花くんが横浜へ道をつくってくれた。甲子園への思いも大きくなった。地元への進学も考えたが、3年間ベンチ入りできなくても仕方ない。葉太の気持ちを優先した」と覚悟を決めた。(続)