渇水期の豊川用水/奥三河水源に広く依存/流域面積はダムの6倍強
2026/07/08

渇水期の寒狭川頭首工。水がせき止められ、手前の下流側にはわずかな量しか流れていなかった(3月、新城市で)
この春まで年をまたいで8カ月続いた東三河の渇水期に、設楽町や新城市北西部を流域とする寒狭川(かんさがわ)から豊川用水に供給された水が1千万トン余りに上ることが、水資源機構への取材で分かった。大島ダムからの取水量の8割に迫る量で、奥三河の水源に広く依存する同用水の実情がうかがえる。
寒狭川は豊川本流の上流部分を指す呼び名で、設楽町の鷹ノ巣山(別名・段戸山、1152メートル)から流れ出す。1997年に新城市玖老勢で建設された「寒狭川頭首工」からは、5キロ余り東の宇連川までトンネルで水が送られ、その一部が豊川用水へ取り込まれている。
この頭首工には同町や同市鳳来地区西部、作手地区東部に降った雨が集まる。その流域面積は300平方キロで、市内にある宇連ダムの26・26平方キロ、大島ダムの18・4平方キロを合わせた流域面積の6・7倍もの広がりがある。
いったん降れば多くの雨が流れ込むため、二つのダムの水を温存するのに役立つとされる。
水資源機構豊川用水総合管理所によると、昨年8月末~今年4月末の243日間続いた渇水期に、寒狭川頭首工は56日間稼働。豊川用水へ約1031万トンを供給した。
同じ期間に宇連ダムからは約2370万トン、大島ダムからは約1325万トンが取水されており、寒狭川からの取水量はこれらに次ぐ規模だった。
なお、宇連ダムには豊根村と東栄町から天竜川水系の水も導入されている。
◆発展支える水源
豊川用水では奥三河の水源が広く活用されているが、その実態はあまり注目されることがなかった。
新城市の下江洋行市長は「寒狭川頭首工などから送った水が豊川用水を流れていることは、下流域のほとんどの人が知らないのではないか。水を維持する水源地域があるから、下流域の発展が成り立つという認識を持ってもらえれば」と指摘している。