「渥美線電車機銃掃射」の慰霊祭/田原の「前日の会」が追悼の辞 不戦の決意新たに
2026/08/03

慰霊祭で追悼の辞を読み上げる山田政俊副代表(田原市内で)
太平洋戦争終戦の前日、米軍機が今の田原市を走る電車を銃撃して31人が死傷した「渥美線電車機銃掃射」から81年となる14日を控え2日、慰霊祭が現場で営まれた。主催者でこの惨事を語り継ぐ市内の「前日の会」(彦坂久伸代表)が、近況の活動を報告するとともに、不戦を誓った。
会場となった慰霊碑前で、追悼の辞を読み上げた山田政俊副代表は、会が発足して10年が過ぎ、会員の高齢化で「多くの機銃掃射の体験者が亡くなった」と現状を説明した。
その一方、中学校で初めて田原中で機銃掃射による悲しい出来事を紹介した紙芝居の上演や、名古屋市の女子高校生の現場見学、悲惨な模様を伝える案内板の設置など新しい動きが出ていると紹介。活動の幅を広げるためには、「会の(小学校などへの)出前授業の受け入れ先の拡大や慰霊祭への参加者を増やすこと」などが必要と訴えた。
そのうえで会は新会員の加入で活力がよみがえっており、「戦争だけはやっちゃあいかん」を合言葉に活動にまい進すると決意を述べた。
この後、参列した約25人が一人一人、用意された菊の花をささげ冥福を祈った。
「これが最後になるかも」との気持ちで出席した高橋邦子さん(88)は、銃撃での負傷者を病院に運んだ場面を目撃した。「戦争は絶対反対で平和が続くように祈った」と語った。
追悼の辞で紹介された名古屋商業高校2年の小林実乃梨さん(17)は、名古屋市内から駆け付けた。「地域の一般の人にも影響が出たと実感し、この犠牲者の上に平和な社会が成り立っていると感じた」と話した。
前日の会(前身の団体を含む)は2014、15年度の2年間、機銃掃射の体験者らから聞いた話を証言集2冊にまとめた後に慰霊祭を開いており、今回で10回目となった。
渥美線電車機銃掃射は、1945年8月14日に起きた。三河田原駅を出発した名古屋鉄道(現豊橋鉄道)渥美線の電車が、現在の田原市の神戸駅付近で米軍機の機銃掃射を受け、乗客約40人のうち乗員を含む15人が死亡、16人が負傷した。駅から豊橋方面へ260㍍先に慰霊碑「大東亜戦争動員学徒殉職之碑」が建立されている。駅の横には5月、案内板が市によって設置された。